雇用維持のために内部留保を活用する?

最近、雇用を維持するために内部留保を活用するべきだ、的な意見が様々なところで見られます。例えば、ちょっと探してみただけでも以下の通り。ただ、この内部留保を活用する、という表現の意味が個人的には理解不能なのです。

大手製造業、株主重視で人員削減 内部留保、空前の33兆円
 大量の人員削減を進めるトヨタ自動車やキヤノンなど日本を代表する大手製造業16社で、利益から配当金などを引いた2008年9月末の内部留保合計額が、景気回復前の02年3月期末から倍増し空前の約33兆6000億円に達したことが23日、共同通信社の集計で明らかになった。
 過去の好景気による利益が、人件費に回らず巨額余資として企業内部に積み上がった格好。08年4月以降に判明した各社の人員削減合計数は約4万人に上るが世界的な景気後退に直面する企業は財務基盤の強化を優先、人員削減を中心とするリストラは今後も加速する見通し。
 08年度の純利益減少は必至の情勢だが配当水準を維持、増やす方針の企業が目立ち株主重視の姿勢も鮮明だ。
 派遣社員などで組織する労働組合は「労働者への還元が不十分なまま利益をため込んだ上、業績が不透明になった途端、安易に人減らしに頼っている」と批判している。
 集計によると内部留保の合計は01年度末の約17兆円から08年9月末に98%も増加。この間に米国の金融資本主義が広がり「株主重視」の経営を求める風潮が日本でも強まった。増配や自社株買いなどで市場での評価を高める経営手法がもてはやされた。
2008/12/23 22:08 【共同通信】

http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008122301000451.html

共産党、トヨタに非正規労働者らの解雇中止を要請
 共産党の志位和夫委員長は24日、党本部でトヨタ自動車の古橋衛専務ら幹部と会談し、非正規労働者らの解雇を中止するよう申し入れた。志位氏は「内部留保や中間配当を取り崩せば雇用は守れる」と主張。トヨタ側は「内部留保を取り崩してまで期間社員を守ることはできない」と述べた。(24日 21:35)

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20081224AT3S2402L24122008.html

「企業は内部留保の活用を」 雇用対策で官房長官
 河村建夫官房長官は5日午前の記者会見で、派遣社員の雇い止めなど深刻化する雇用問題の対応策として、企業側に内部留保を活用するよう求めた。河村長官は「企業はこういう事に備えて内部留保を持っている。こういうときに活用して乗り切っていくべきだ」と強調した。
 雇用問題が深刻化している一因として「派遣社員の受け入れを進めた企業の体制が問題を引き起こしている」とも言及。「企業の社会的責任がどうあるべきかという議論も生まれてきている」と語った。(05日 16:52)

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090105AT3S0500G05012009.html

内需拡大へ雇用環境改善=麻生首相表明-衆院予算委
 衆院予算委員会は9日午前、2008年度第2次補正予算案に関する基本的質疑を続行した。麻生太郎首相は「自律的な内需拡大を図るには労働者の手当てを厚くしないと消費が伸びない。非正規労働者の待遇改善、最低賃金の確保が効果的な対策だ」と述べ、景気回復に向け雇用環境の改善に取り組む考えを示した。民主党の枝野幸男元政調会長への答弁。
 首相は、共産党の笠井亮氏が雇用を維持するため企業に内部留保活用を促すよう求めたのに対し「今までと違い資金繰りが厳しくなり経営者の気持ちも猛烈に固くなっている。内部留保の扱いについては(活用するよう)重ねて言わねばならない」と応じた。 
 一方、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が続いている中東情勢に関しては、中曽根弘文外相が「中東和平担当の有馬龍夫外務省参与の派遣を検討している。わが国は(国連安保理の)非常任理事国となっているから関係国とも緊密な協議をしたい」と述べた。社民党の阿部知子政審会長の質問に答えた。
 与党は2次補正について、関連法案と併せて13日中の衆院通過を目指す方針。これに対し、民主党は2次補正から給付金部分を削除すべきだとして反発している。(了)(2009/01/09-13:51)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200901/2009010900051
一般的に、企業は利益を上げ、そのうち一部を株主に対する配当にまわし、残りを内部留保として将来の成長に向けて蓄積していきます。会計上の利益とキャッシュフローという意味ではその利益は必ずしもその時点における入ってくるキャッシュフローを意味するわけではありませんが、基本的にはお金が入ってくると考えて問題ないかと思います。
ただ、ここで”将来の成長に向けて”企業は、新しいビジネスに投資をしたり、設備投資をしたりしていくわけで、内部留保として入ってきたキャッシュがキャッシュのままあるとは限りません。
ぼくの理解が正しければ、内部留保の蓄積額は会計上「利益剰余金」という項目に該当し、言わばその企業の今までの成績表みたいなものだと思います。つまり、創立以来、その企業がどの程度の利益を稼ぎ、配当を払いだした後に、どの程度企業に残してきたか、を示しているわけです。
例え話として、会社員の例を考えてみるとわかりやすいのではないかと思います。例えば、月収30万円の方が10年間働いたとします。すると、
30万円×12ヶ月×10年=3600万円
の給与収入が10年間であるわけです(賞与はなしとしておきます)。収入からは社会保険料、税金などが差し引かれ、手元には2800万円が残ったとしましょう。
でも、普通は生活していくために、手元に残ったお金から、家賃を払ったり、洋服を買ったり、食事をしたり、スキルアップのために習い事をしたり、パソコンを買ったり、車を買ったり、といろいろと使っていくわけです。その結果、10年間で2800万円を現金として稼いできたとしても、手元には100万円の現預金しか残っていないかもしれません(企業は存続するための費用は基本的にすべて費用となりますが、会社員の場合は生きていくための費用は必ずしも給与収入を得るための費用とはならない、という意味で異なることはとりあえず無視しておきます)。
ぼくには最近の「雇用維持のために内部留保を活用せよ」といった意見は、会社員の例え話で言うと、「この人は今まで2800万円も稼いだきたのだから、この2800万円を活用して、世の中の困っている人たちを助けるべきだ!」と言っているのと同じようにしか見えないのです。
でも、それは難しいですよね。手元には100万円しか残っていないわけですから。
1月14日付けの日経新聞に「雇用Q&A 内部留保活用で雇用守れる?」というコラムが載っていましたし、いつも読ませて頂いている吉永康樹の CFOのための読みほぐしニュースというブログでも取り上げられていましたので、会計的な話としてはぼくの理解で正しいのではないかと思うのですが、だとすれば上で挙げたような「内部留保を活用して雇用を維持せよ」的な発言は意味不明ということになるかと思います。
初めて会計を勉強した頃、ぼくも利益剰余金に相当するお金があるものだと勘違いして、なかなか理解できなかった記憶がありますが、上のような発言をしている方たちはひょっとしたらまさにそういう理解なのではないかと思います。
もしくは内部留保という言葉の定義が、まったく別の意味で使っているのかもしれませんが。
言葉の意味が正しく理解された上で、建設的な議論がされていくとよいと思います。

5 件のコメント

  1. f 返信

    3600万円が売上でいろいろひかれて
    100万円が利益
    じゃないんですか?
    「内部留保を活用して雇用を維持せよ」
    ですが、
    いまは、利益を生むことよりも、
    雇用を守ることを優先すべきだ!
    ということを言っているのだと思います。
    赤字にしろといっているわけではなく、
    利益と雇用のバランスを、ということだとおもいますが、
    まあ、製造業って考えると、
    工場動いてないのに、給与を払いたくないし・・・
    私としては、
    もっと、雇用を確保することで、
    国は企業に対して、税金面で優遇措置をとるなりしてほしいです。
    仕事が無いのに雇用を守るということは、自己資金を食いつぶすわけですから、
    すこしでも、税金面で負担を軽減する必要があるとおもいますが。まだ、そういう話にはならんのだろうか。

  2. 投資一族の長 返信

    利益剰余金
    名前が悪いな。いっそのこと利益剰余仮想理論値くらいでどう?
    キャッシュフローと純利益が完全一致している例えは誤解が
    生じる要因では?
    後で一筆書こう、TBにしますわ。

  3. yokoken 返信

    書き方が悪かったようで、かなり誤解を生んでしまったかもしれませんね。
    特に、法人とぼくら給与所得者(自然人)を比較するのはあまりよい例ではなかったのかもしれません。
    給与所得者の場合、給与収入を得るための費用としては給与所得控除があり、年収360万円の場合は
    収入金額×30%+18万円
    となりますので、給与所得控除=126万円となります。これが、給与所得者のみなし費用です。
    つまり、給与収入を得るために計上できる費用としてはこの給与所得控除額になり、実際にかかった費用がこの額を上回らない限りは他に費用計上できません。
    例えばサラリーマンの場合、スーツ代、ワイシャツ代、クリーニング代、くらいは給与収入を得るための収入として費用として認識できるかもしれませんが、家賃や、食費、光熱費などは給与収入を得るための費用ではなく、普通に生きていくための費用ですので給与所得算出時の費用にはなりません(家賃は法人契約すればちょっと話が変わってきますが)。
    スーツ代等で年間126万円を上回る方はまずいないでしょう。法人の場合、家賃などはすべて費用となるかと思いますが、自然人であるぼくらの給与収入の場合は扱いが異なってしまうことが誤解を招いた主因かと思います。
    法人の場合のみで書けばよかったかもしれません。
    ぼくももちろん雇用を守ることには賛成です。雇用と利益のバランスは非常に重要だと考えています。
    これについてはまた別のエントリーで。
    投資一族の長さん、解説エントリーありがとう。会計は決して客観的な数字とは言えませんよね。同意です。

  4. f 返信

    すみません。
    そうですね。会社として考えたら、そうですね。

  5. yokoken 返信

    わかりづらい例え話になってしまったようで、すみませんでした。

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