サイゼリヤはなぜデリバティブ取引で損失を出したのでしょうか

12月10日にサイゼリヤが豪ドルクーポンスワップのデリバティブ取引契約を解除し、その損失額を約153億円で確定させた、ということを発表しました。
デリバティブ契約解約に関するお知らせ(平成20年12月10日)
http://www.saizeriya.co.jp/ir_info/jp/pdf_jp/release/release20_12_10.pdf

サイゼリヤ:デリバティブで153億円損失確定
 ファミリーレストラン大手のサイゼリヤは10日、巨額の評価損を出した為替デリバティブ(金融派生商品)について、BNPパリバ証券との契約を解約し、153億円の損失が確定したと発表した。発覚した11月下旬には約140億円の評価損を見込んでいたが、円高が進んだことなどから損失額が膨らんだ。責任を取り、正垣泰彦社長の報酬を12カ月間70%減額するほか、その他の役員12人の報酬も3カ月間10~50%減らす。【小倉祥徳】
毎日新聞 2008年12月11日 東京朝刊

http://mainichi.jp/select/biz/news/20081211ddm008020063000c.html
この取引について少し考えてみたいと思います。まず、クーポンスワップですが、これは例えば次のようなサイトで説明されています。
http://deribatibu.blog.shinobi.jp/Entry/21/
http://www.tr.mufg.jp/houjin/derivatives/coupon.html
別の言い方をすれば、元本交換のない通貨スワップで、例えば、

2年間にわたって、毎月末に、豪ドル5ドルを受け取り、一方で円を500円払う契約

とでも言えるかと思います。
つまり、1豪ドル=100円であれば、1回あたりの受け払いはゼロになります。しかし、もし1豪ドル=50円になってしまったら、1回あたり実質的には250円支払わなければならなくなりますし(損失)、一方で1豪ドル=200円になったら1回あたり実質的には500円受け取ることになります(利益)。
今回のサイゼリヤの取引目的については、以下の記事を読む限りは豪ドルの変動リスクを抑えるため、つまりヘッジが目的であると書かれています。

サイゼリヤ、デリバティブで140億円評価損 円急伸で
2008年11月21日20時18分
 サイゼリヤは21日、08年9~11月期に通貨スワップ契約によるデリバティブ(金融派生商品)取引で評価損が約140億円発生する見込みだと発表した。金融危機で円相場が対豪ドルで急伸したことが響いた。正垣泰彦社長は記者会見で「これほどの豪ドル下落は想定外だった。株主などに申し訳ない」と謝罪した。
 サイゼリヤは豪州の加工工場からハンバーグやミートソースを輸入しているが、取引は豪ドル建てで行っていた。調達する豪ドルの変動リスクを抑える目的で今回のスワップ取引を始めたという。
 契約した取引は2種類あり、一つは豪ドルに対し円が78円(07年10月契約)を、もう一つは69円90銭(08年2月契約)を超えて円高にならない限り、割安に豪ドルを調達できる仕組みだった。だが、金融危機をきっかけに円は急伸。足元では対豪ドルで59円台をつけることもある。
 いまの為替水準が続けば、通期で多額の損失を計上する可能性もあるため、取引の解約を検討しているという。

http://www.asahi.com/business/update/1121/TKY200811210314.html
これだけだとよくわからないので、プレスリリースから取引内容を見てみると、以下のような記載がありました。
デリバティブ評価損発生見込みに関するお知らせ(平成20年11月21日)

① FX参照型豪ドルクーポンスワップ
(見込まれる評価損 71.3 億)想定レート65.00
・ 約定日: 2007 年10 月22 日
・ 約定月末日(2007 年10 月末)仲値=105.83 円/豪ドル(参考)
・ 支払日 : 2008 年12 月1日から2010 年11 月1日まで、毎月1日
・ 豪ドル約定金額 : AUD1,000,000
・ 約定レート : 第一回約定レート 78.00 円/豪ドル
ただし、FXが78.00 円以下の円高になった場合、それ以降の約定レートは以下
の式で計算される。
【前回約定レート】×【78.00/FX】円/豪ドル
下限=78.00 円、上限=600.00 円
・ FX : 各為替参照日の東京時間午後3時のJPY/AUD為替レートの仲値
・ 為替参照日 : 各支払日の5営業日前の営業日
② FX参照型豪ドルクーポンスワップ
(見込まれる評価損 50.2 億)想定レート65.00
・ 約定日 : 2008 年2 月7日
・ 約定月末日(2008 年2 月末)仲値=98.93 円/豪ドル(参考)
・ 支払日 : 2008 年9月1日、2008 年11 月1日、2009 年1月1日、2009 年3月
1日、及び2009 年4月1日以降終了日まで、毎月1日、2011 年3 月1 日まで
・ 豪ドル約定金額 : AUD1,000,000
・ 約定レート:69.90 円/豪ドル
ただし、FXが69.90 円未満の円高になった場合、それ以降の約定レートは以下
の式で計算される。
【前回約定レート】×【69.90/FX】円/豪ドル
下限=69.90 円、上限=500.00 円
・ FX : 各為替参照日の東京時間午後3時のJPY/AUD為替レートの仲値
・ 為替参照日 : 各支払日の3営業日前の営業日

http://www.saizeriya.co.jp/ir_info/jp/pdf_jp/release/release20_11_21.pdf
正直、この書き方だと、よくわかりません。
ぼくが為替のデリバティブのタームをまともに読んだことがないことも一因かとは思いますが、このプレスリリースを作られた方は明らかに慣れていない気がします(もちろん契約相手のBNPパリバから受け取った資料をそのままコピーした可能性もありますが)。
細かいことですが、単位とかが平気で抜け落ちています。ほぼ同じなので①の取引について見てみます。

評価損71.3億 円?豪ドル?(まあ、円であることは自明ですが)
想定レート65.00 円/豪ドル? ですよね。
「豪ドル約定金額」って、どういう量なのでしょうか?想定元本ではないのか?クーポンスワップだったら、円の方も必要なのでは?
「【前回約定レート】×【78.00/FX】円/豪ドル」って、分母分子逆ってことではないのでしょうか?例えば、第2回目の約定レートって、もしFX=70とかだったら、第1回目の約定レートが78.00なので、78.00×78.00/70.00 = 86.91 とかになります。あ、でも、下限、上限なんてのが設定されているので、この式は正しく、単なるクーポンスワップではなく複雑な形になっていたのかもしれません。

これって、一体どんなスワップだったのでしょうか、いまいち全体像がつかめません。契約期間が2年間で評価損が71.3億円なので、ざっくりだと、1ヶ月あたり約3億円の損失ということになります。
約定日月末の為替レートと、想定レートの差が約40円/豪ドルなので、、、とか考えても、「豪ドル約定金額」の数字にはたどりつかないような気がします。
アップフロントで円を払う、豪ドルを受け取るようなタイプなのかな、とかも思いますが、それってクーポンスワップなのでしょうか。
情報のない中でこれ以上推測しても仕方ありませんが、今回のサイゼリヤの取引は必要だったのでしょうか。もし、実際に為替リスクをヘッジする目的で取引を行ったのであれば、そもそもこのデリバティブは解約する必要がないと思います。
というのは、解約してしまえばヘッジ取引がなくなってしまい、為替に対するエクスポージャーをもろに取ることになります。もし、今後、豪ドルが200円/豪ドルにでもなったら、また輸入価格高騰をもろに受けてしまうことになります。本来、ヘッジ取引であるならば、このような将来の価格変動性を避ける目的であるはずですから、あせって解約する必要はなかったと思います(デリバティブだけを見れば損失かもしれませんが、輸入する取引の方では利益が出ているはずです。だからこそのヘッジです)。
ただ、単に為替相場の方向性にかけた取引であったのであれば、解約という選択肢もあるでしょう。ただし、そのような取引であるならば、本来、本業を圧迫するような取引をするべきではなかったと思われます。
今回のサイゼリヤのデリバティブ取引は、取引の詳細が不明なのでなんとも言えませんが、そもそもどんな目的で、どんなビューを持って行ったのか、そのあたりがちょっと不明瞭な気がします。
こちらのブログ吉永康樹の CFOのための読みほぐしニュース サイゼリヤのデリバティブ評価損 140億円でも書かれていますが、はっきりさせて欲しいですね。
感覚的には、スワップで153億円の損失って、一体どれだけの想定元本だったんだ?って感じです。

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