金融商品評価の難しさ:サブプライム問題に関して思うこと

最近でも大手金融機関によるサブプライム関連の評価損が相次いで発表されていますが、一体何でこんなに次々と損失が悪化していくのか疑問を持たれている方も多いのではないでしょうか。そこで、金融商品評価の難しさを具体的な事例を使って説明してみたいと思います。
例えば、次の週刊ダイヤモンドの記事をご覧下さい。
サブプライム問題泥沼化、追加損の懸念

サブプライム問題泥沼化、追加損の懸念
メリルリンチ、シティグループと、サブプライム関連商品で、巨額損失の発表が相次いだ。背景には、市場価格や客観データで評価できない資産評価の問題がある。関連商品を多く保有、損失計上の少ない金融機関に新たな損失懸念。
日本時間11月5日8時半過ぎ、驚愕のニュースが舞い込んだ。
 シティグループが、9月末以降格下げにより保有するサブプライムローン関連商品とCDO(債務担保証券)に80億~110億ドルの損失が発生したと発表した。日本円で1兆円規模の損失だ。
(中略)
サブプライム絡みの金融商品について、なぜ損失額がこれほど短期間に拡大するのか。その要因は、よく指摘される「格下げによる評価減」だけではない。「理論値の計算方法」も大きな要因だ。
 サブプライム絡みの金融商品のような不動産担保融資証券化商品は、時価評価に当たり一定の前提を置いた推計値を使って理論値を算出する。その前提の置き方次第で、価格は大きく変わる。事実、メリルは損失額が当初見込みから拡大した理由について「従来よりも保守的な仮定に基づいて検討した」と説明している。
(後略)

ここで、ポイントとなるのは最後の部分です。

「一定の前提を置いた推計値を使って理論値を算出する。その前提の置き方次第で、価格は大きく変わる。」

この前提というのはどんなもので、一体どの程度変わりうるものなのか、という点をCDOの例ではないのですが、デリバティブ(オプション)の例を用いて説明したいと思います(CDOのモデルは難しすぎます、、、)。具体的には、ヨーロピアンコールオプションと呼ばれる商品で説明してみたいと思います。原資産は個人的に最も親しみのある株式(エクイティ)を取り上げます。
(以下では、株式オプションの例で書きますが、株式オプション自体がどのようなものなのかハッキリと理解できなくても、話の本質的なところには影響がありませんので、まあそういう商品があるのだなぁ、くらいでも十分だと思います。)
ヨーロピアンコールオプションとは、予め定められた将来の時点において、ある株式を、予め定められた価格で購入する権利です。例えば、現在グーグルの株価が1株650ドル(現在の株価)であった場合に、グーグルの株式を1ヶ月後(満期)に、1株700ドル(行使価格)で購入する権利です。この権利を持っている場合、1ヵ月後にグーグルの株価が800ドルになっていたら、時価が800ドルのものを700ドル支払って購入することができるので、100ドルの利益が出ます(プレミアムはとりあえず無視します)。一方、1ヵ月後に600ドルに下がっていたら、誰も600ドルの価格で購入できるものに、700ドル払って買う人はいないでしょう。つまり、このオプションを行使する必要はなく、放棄することができます。
では、この権利を購入するとしたら、いくらくらい払ってもよいでしょうか?つまり、オプションの価格(プレミアムと呼ばれています)はいくらが妥当なのでしょうか。
このオプション価格を計算するための最も標準的な評価モデルが(一般化された)ブラックショールズモデルと呼ばれるもので、現在の株価(上の例では、650ドル)、行使価格(いくら支払って買うか。上の例では700ドル)、金利、配当利回り、満期(将来のどの時点で行使できるか)、ボラティリティの6つのパラメータを入力することによって、計算することが可能です。
例えば、パラメータとしては
現在の株価:100ドル
行使価格:100ドル
金利:5%
配当利回り:0%
満期:1ヶ月(=0.083年)
ボラティリティ:23%
を仮定し、ブラックショールズモデルを使って計算すると、ヨーロピアンコールオプションの価値は2.856ドルと計算することが可能です。
ここで、「なんだ簡単じゃないか」と思ってはいけません。問題は、この入力するパラメータが簡単に変わりうるということです(実際には他にもいろいろとありますが、、、)。このことを以下の例で見てみたいと思います。
以下では、グーグルとトヨタ自動車(ADR)の株価のデータを使って説明します(当初、日本企業の例で説明しようと思ったのですが、ヤフーファイナンスで簡単にデータをダウンロードできそうになかったので、Google Financeを使いました。なので、米国企業もしくは日本企業のADRという形になってしまっていますが、本質的なところは何も変わりません。Google Financeは便利ですね。早いとこ日本対応してくれないものでしょうか、、、)。
まず、両社の株価の推移を見てみます。過去1年間の株価の動きは以下のようでした。
google.jpg

グーグルの過去1年間にわたる株価推移です(全ての画像はクリックで拡大します)。

toyota.jpg

トヨタ自動車の過去1年間にわたる株価推移です。

この株価データから、いろいろ計算してみるわけですが、1日のリターンと、ボラティリティ、そして両社の相関係数を計算してみると以下のようになります。ここでは1ヶ月オプションをなんとなく想定しているため、ボラティリティ、相関係数は20日分のデータを使って計算し、その推移を見ています。(そもそも、ボラティリティって何ですか?という方は、バリアンススワップとは? というエントリを以前書いて、そこで説明しましたので、よろしければそちらをご覧下さい)
comp.jpg

株価データから計算したものです(画像はクリックで拡大します)。年率換算はいずれも1年を250日として計算しました。

それぞれの最大値、最小値、平均(ここでは単純にそれぞれの計算結果の平均値を計算しました)を計算してみるとかなりぶれがあることがわかります。例えば、グーグルのリターンは、1日最大で4.4%上昇した日があった一方で、最大5.5%も下落した日がありました。しかし、平均を取ってみると、+0.2%ということで、過去一年間では上昇し続けてきたことになります。一方、トヨタ自動車のリターンの最大、最小の絶対値はグーグルのそれらよりも小さく、平均的には-0.1%ということで、下落し続けてきたことになります。
次にボラティリティですが、まず平均値で見ると、グーグルの方が高く、最大値と最小値の差で見てもグーグルの方が大きいため、ボラティリティ自体もグーグルの方がぶれやすそうです。このことをグラフで見てみると、次のようになります。
volatility-g-t.jpg

グーグルおよびトヨタ自動車の20日ボラティリティの推移です。

トヨタ自動車のボラティリティの方が、全体的に低めで安定的に推移しているように見えます。
以上から、オプション価格の計算にあたって入力するボラティリティが非常に変化しやすい性質のものであることがわかるかと思います。
例えば、グーグルのボラティリティでは、2007年11月7日時点において計算すると25.3%となりますが、その約1週間後である、2007年11月13日時点において計算すると42.6%となっています。これらのボラティリティを上で計算したオプションの例にあてはめてみると、
ボラティリティが25.3%の時のヨーロピアンコールオプションのプレミアムは3.120
ボラティリティが42.6%の時のヨーロピアンコールオプションのプレミアムは5.103
となります。
つまり、11月7日に、1ヶ月満期のヨーロピアンコールオプションを買おうとしたら、3.120ドルになるわけですが、その1週間後に買おうとしたら、同じ1ヶ月満期のヨーロピアンコールオプションは5.103ドルも支払わないと購入できないわけです。
これがどれくらいの変化かと言うと、かなりの変化です(説明になってないですね)。11月7日時点においてプレミアムで100万円分を買おうとしたにもかかわらず、躊躇してしまって1週間ほど先延ばししてしまったと仮定しましょう。すると、1週間後に買おうとしたら、先週100万円だったものが、現在では約164万円に跳ね上がってしまっているのです。
1週間で何が変わったかというと、評価前提であるところのボラティリティの数字が変わったのみです。これだけで、こんなにも評価がぶれてしまうのです。
さらに極端な例として見てみると、グーグルの最大ボラティリティ(45.2%)と最小ボラティリティ(12.1%)をあてはめてみると、オプション価格はそれぞれ5.401と、1.608となります。3倍以上の開きがあります。つまり、ある日100万円だと思っていたものが300万円以上になってしまったり、はたまた30万円以下になってしまったりしているわけです。
(注:実際に市場で取引されているオプションは、過去に実現したヒストリカルボラティリティではなく、市場の将来に対する予測であるボラティリティ(インプライドボラティリティ)をベースに価格付けがされています。)
ここではデリバティブ(オプション)を例に取り上げましたが、金融商品を評価する際の前提が異なることによって、評価が変わりやすいことがなんとなくイメージして頂けたらそれで十分です。サブプライムで問題になっている金融商品の評価には、上の例と違ったパラメータ(例えば、デフォルト確率、デフォルト時回収率、相関係数など)が含まれていると思いますが、やっていることは同じようなことだと思われます。「様々なパラメータを推定し、それをあるモデルに入力して、評価額を計算する」ということです。
例えば、CDOなどのような商品では相関係数をパラメータとして使っていると思いますが、グーグルとトヨタ自動車の相関係数を計算してみたところ、以下のようになっています。
correl.jpg

グーグルとトヨタ自動車の相関係数(20日)の推移です。

上で示したテーブルにもこの相関係数(Correlation)は入れておきましたが、平均的には0.44程度。しかし、高くなると2倍くらい、低いときはほぼゼロでネガティブにさえなってしまっています。
サブプライムの場合、ローンの借り手が分散されていて個別の事情によってデフォルトが発生しうるのであれば相関係数は低めで良いかもしれませんが、不動産市場の下落という借り手全員に共通するような要因でデフォルトが発生するような場合、デフォルトが同時に発生する確率が極めて高くなり、相関係数を高く設定する必要があるかと思います。もちろん、評価するためには様々なパラメータが必要であり、相関係数だけではないのですが、このようにパラメータの違いによって評価額は非常に大きく変動しうるので、現在のように大手金融機関の評価損が急激に膨れ上がってきているのだと思います。
金融商品の評価って難しくないですか。
補足:
以下、同じく週刊ダイヤモンドの記事からの引用です。

米国の金融機関は、決算発表の約1ヵ月後にSEC(米証券取引委員会)に提出する四半期報告書で、保有金融資産を市場価格が存在するレベル1、市場価格などから採録できる客観的データで理論価格を算出するレベル2、問題のレベル3に分類して報告する。

ということで、上場株式のように市場で毎日のように取引されていれば、評価額は市場価格をベースに決定できます。しかし、、サブプライム関連商品のように、市場性が低く、ほとんど取引されることがない商品の場合には、パラメータを推定して、何らかのモデルに入力して評価せざるを得ないわけです。上で言っていた「金融商品」というのは、これに分類される商品のことを指しています。

1 件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です