イスラームの世界地図

イスラームの世界地図 (文春新書)
21世紀研究会
4166602241
イスラム金融を勉強するには、その前提となるイスラムの人たちを理解することが重要だろうと思って、読んでみました。はっきり言って、ぼくには宗教に対する理解は全くなかったのですが、まるで別世界で生きている人たちだな、と思いました。日本人で宗教活動に真剣に取り組んでいる人たちがどのくらいいるかわかりませんが、日本人にとっての宗教と、イスラームの人にとっての宗教は、まるで重みが違うんだと思います。
このことはマンチェスタービジネススクールでクラスメイトと話をしている時にも感じていたものですが、今回モロッコに行きながら、この本を読んでみることでずいぶんと理解が進んだ気がします(もともとゼロだったので、進むしかないのですが)。

現に、私たちが「原理主義者」とよぶ人びとの大半は、世界の多くの人たちと同じように、テロ活動に反対し、殺人は罪だと考えている。ちなみに、イスラームとは、「唯一の神アッラーに絶対服従する者」という意味だが、この言葉はサラーム(平和)から派生したものといわれている。 P.23
過激派テロリストとして指名手配されたオサマ・ビン・ラディンがアメリカのやりかたを強く非難するのは、彼らがこれまで、キリスト教徒中心の欧米の都合によって振り回され、利用されてきたという被害者意識があり、そのことに対する不満が鬱積しているからだ。 P.26

表面的にしか知らないと、「原理主義者=過激派」という勘違いをしかねませんが、テロ活動を行っている人たちは原理主義者の中でもごく一部の人であることをきちんと認識しなければなりませんね。

神による最後の教えは、アッラーの言葉そのもの、つまり、アラビア語によって伝えられたとされているので、アラビア語を読める者だけが神の教えを正しく理解できるのだ、と考えられている。 P.30
原理主義といわれる人びとは、自分たちがムハンマドと同じアラブ人であり、アラビア語が読めるから、ユダヤ教徒やキリスト教徒より神に近い存在だ、と思っているという。 P.31

アラビア語の理解ができないイスラム教徒の方がいたら、その方は他の方と比べて理解度が低いということになるんですね。これは宗教に限らず、文化を理解しようとする際にも同様のことが言えるのではないかと思います。

中東では、イスラームの教え、アラブというアイデンティティでまとまっているイスラーム教徒が、同胞の次に意識するのが国という単位だ。しかしそれも、政治形態の違いを意識するぐらいのレベルにとどまっているらしい。 P.34

日本人的感覚からすると、これは想像を絶する世界なのではないかと思います。日本人としては、国がまず先に来ますよね。そして、各出身地とか、各方言とかでしょうか。宗教的なつながりでコミュニティを意識する感覚は非常に低いのではないかと思います。
アラブでは国をまたいで同胞の意識が強いからこそ、次のような現象が起きるのでしょうね。

しかし、実際にイラクが攻撃されると、イスラーム圏の民衆レベルでは、フセインを勇気ある英雄として讃える声もおこってきた。ヨルダンでも、イラク支持のデモがおこった。興味深いのは、湾岸から遠く離れたモロッコ、アルジェリア、チュニジアといったマグリブ諸国、東ではパキスタン、マレーシアなどで、大規模なイラク支持のデモがおこなわれたことだった。 P.126

クラスメイトでモロッコ人とマレーシア人の夫婦がいるのですが、以前はなんでその国同士で結婚するんだろう?とか思っていました。でも、こうして考えると比較的自然な組み合わせにも思えてきます(ちなみに、クラスメイトであるマレーシア人の奥さんの方に、以前話を聞いたところ、結婚前はムスリムではなかったけど、結婚後改宗したそうです)。

  • 一 これ、外衣にすっぽりくるまったそこな者、
  • 二 さ、起きて警告せい。
  • 三 己が主はこれを讃えまつれ。
  • 四 己が衣はこれを浄めよ。
  • 五 穢れはこれを裂けよ。
  • 六 褒美ほしさに親切するな。
  • 七 (辛いことでも)主の御為めに堪え忍べ。

「コーラン 七四 外衣に身を包んだ男 第一~第七節」 P.169

モロッコでは、どこからともなく人がやってきて、突然、道案内されたり、目の前の建造物について説明され、一方的に、お金をくれ、と言われることがしばしばありましたが、これは上の六に反するような気がするのはぼくだけでしょうか。もちろん、喜捨という概念もあるので、微妙な気もしますが。

トルコには「魚は頭から腐る」という諺があるが、これはオスマン帝国の衰退について論じられるときに使われるらしい。支配階級から腐っていった、ということである。 P.198

今思うと、「会社は頭から腐る」はここから来ていたのでしょうか。いつの時代も同じようなことが起こっているんですね。だからこそ歴史を勉強する必要があるんだと思います。歴史という科目は、学校で勉強していた頃は暗記科目として嫌な思い出しかありませんが、最近はいろいろと勉強してみたいと思っています。勉強はやりたい時にやるのが、最も効率がいいと思います。

ただ、食べることが許されたウシやヒツジにしても、アッラーの名を唱えながら頚動脈を切るという手続きで処理された肉しか食べてはならない、ということになっている。こうした肉をハラール肉(許された肉)という。 P.219

ハラールですが、マンチェスターではそこらじゅうで見かけます。

コーランの内容は、聖書のように、精神面に訴えるというよりは、現実の生活についての一種の手引き書、原則、規準の書といった方がいいかもしれない。 P.49
たとえば、結婚は人生最大のイベントだが、日本人のように「愛し合っているのだから」というような考え方はアラブにはない。女性は、男性がどれだけ豊かで優れているのかをきちんと示してもらい、どのように妻の生涯を守り続けるのか、現実的に評価してからでないと結婚に踏み切らない。コーランにも、「立派に所定の金は支払って正式に結婚せよ」(四 女 第二十九節)と書かれている。 P.235

イスラム教って、けっこう実践的というか、現実的というか、そういった宗教なんですね。特に以前からイメージがあったわけではないのですが、この点に関してはちょっと意外でした。
ということで、良いとか悪いとかではなく、日本人的な常識は、世界の別の常識とは大きく違う(異なる)ことが多いということを念頭に置いておかないと海外の人とコミュニケーションする際には思わぬ誤解を生みかねないので、気をつけないといけませんね。
勉強になりました。
(追記)
イスラムの常識は、日本(この場合は西洋も)の非常識である典型的なニュースがありましたので追加しておきます。以下の4つのニュースでは、下にいくほどより詳細が書かれています。複数のメディアから同じニュースを読むことって、けっこう重要ですよね。

  1. 「むち打ち200回」のレイプ被害女性に恩赦 (イザ!)
  2. サウジ国王、性的暴行の被害女性に恩赦与える(ロイター)
  3. 集団レイプ被害者むち打ち刑…夫以外の男性と2人きり (ZAKZAK)
  4. Saudi king ‘pardons rape victim’ (BBC)
  5. Saudi king reportedly pardons rape victim (International Herald Tribune)
  6. Saudi King Abdullah spares rape victim from lashes(Times)

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