すべての経済はバブルに通じる (光文社新書 363) (光文社新書)
小幡績
バブルの仕組みについて書かれている本だと思って読んでみたのですが、正直期待外れでした。
最初の3章くらいは証券化やサブプライムローンについて書かれており、証券化によってリスクが変質することや、商品化によって買い手が増えることなどが書かれており、あまり見ない視点で書かれていたのでけっこういい本かなぁ、と思っていました。特に、「資本と頭脳の分離」という言葉で、資金の出し手と、その運用者の関係について書いているところは、まさにその通りだなぁ、と思います。
資本と頭脳が分離すると、頭脳たるプロの運用者は、頭ではわかっていても、顧客である投資家の将来の行動(すなわちここでは資金の引き揚げの可能性)に制約され、取るべきでないリスクを取ってしまうという罠に陥る。 (P.96)
サブプライムについては、バイサイドではなく、セルサイドの方でも、リスクが高いとはわかっていても、株主の目を恐れてサブプライムビジネスを拡大し続けざるを得ない状況にあったのだと個人的には考えています。
ところで、本の話にもどりますが、後半はひたすら相場解説というか、世界の株式市場の動きを説明しようといった感じで書かれていますが、どこどこでいくら下がりました、その後どこどこでいくら上がりました、といった感じでひたすら書かれており、それで何なの?という感が否めません。
さらに、以下のようなことも書かれていました。
このような合理的な金融市場も、現実にはほんの少し乱れることがある。つまり、このファンダメンタルズを理解していない投資家が売買を行うことにより、株価や債券の価格が理論価格からずれることがあるのだ。これが裁定取引のチャンスとなる。 (P.234)
そもそも裁定取引を理解されていないような記述であると思います。裁定取引は基本的に一物二価を解消することでしょう。例えば、東京証券取引所で100円で売ることができるA社の株式が、大阪証券取引所で97円で買うことができる場合、これは裁定取引の機会があります。ここで比較するのはあくまで市場価格の比較であって、理論価格との比較ではありません。
株価や債券の理論価格って、一体どうやって計算するのでしょうか。それは一意に決まるものなのでしょうか。まさか配当割引モデル(DDM)なんかで理論価格を計算できるとでも考えているのでしょうか。
それとも PER? PBR? PEG? EV/EBITDA? DCF?
「ファンダメンタルズを理解している投資家=理論価格が計算できる投資家」
ということなのかもしれませんが、仮に理論価格と呼べるものを計算できるとして、その理論価格って、投資家間ではまったく異なるでしょう。
債券の理論価格って、何ですか?財務諸表を分析していくとたどり着くものなのでしょうか。
基本的にはアカデミックな方だと思いますので、仕方のないことかもしれませんが、もう少し実務的な視点も知っておいて頂けると説得力のある本になったのではないかと思います。
ちなみに、ぼくはアカデミックなことはよくわからないのですが。
CDSも人気なのかもしれませんが、私の好みとしては、
この記事の「裁定取引」についての記述は相当笑えます。
最近ブログ検索すると、このブログよく見かけます。
検索している単語が単語だからでしょうかね?
「裁定取引」については、本の記述がまったく意味不明だったので書いてみました。なんか根本的に勘違いしているとしか思えなかったので。
> 検索している単語が単語だからでしょうかね?
検索している単語が単語なんでしょう、きっと。このブログが出てきても、何も目新しい発見はないって?