(25日の日経新聞の記事を受けて、最後に一部追記しました)
金曜日(24日)の日本経済新聞およびそのネット版であるNIKKEI NETに次のような記事が掲載されていました。
日米欧、金融保証商品の清算機関設立 損失処理促す
日米欧が来年にも相次ぎ、企業倒産などで将来資金が焦げ付いた場合に損失を肩代わりする金融商品の清算機関を設立する見通しになった。日本はアジア市場を視野に入れた機関の設置を検討するほか、米欧も官民で設立に向けた協議を始めた。世界的な信用不安の象徴である損失肩代わり商品の安全性と透明性を高める。企業倒産に伴う損失を早期に見積もり、金融機関の損失処理を加速させる効果を狙う。
損失肩代わり商品は一般に「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」と呼ばれる。企業が発行する社債などを持つ投資家が、第三者である金融機関などから損失肩代わり商品を買っていると、企業が倒産しても元本が戻ってくる。ここ数年、世界で取引規模が急速に膨らみ、6月末の取引残高(想定元本)は全世界で54兆ドル(約5400兆円)に達し、日本の残高は80兆円程度に上るとみられる。 (07:00)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20081024AT2C2301K23102008.html
これ、まじめにこんな書き方をしているのでしょうか?それとも、何か裏側に意図があってこんな書き方をしているのでしょうか?例えば、「クレジットデフォルトスワップに関する間違った理解を日本経済新聞の読者の方に植え付けさせて頂こう」、みたいな。
しかも、1面トップですよ。
3面にあるグラフのタイトルは、「損失肩代わり商品(CDS)の市場規模」とあります。損失肩代わり商品だったら、SKSなのでは?TMKみたいに書くのであれば。
7面に書いてある図のタイトルは、
「クレジットデフォルトスワップの取引の流れ」
ではなく、
「損失肩代わり金融商品の取引の流れ」
と書いてあります。
誤解を生むような表現を、大々的に使うのはやめて頂きたいと強く思いました。
このブログを読んで頂いている方は、変な誤解をされてはいないと思いますが、最近のメディアの書き方を見ていると、どうも納得がいきません。よろしければ今までのエントリに目を通して頂ければと思います。
クレジットデフォルトスワップ(CDS)とは?
OTC derivatives は Correlation derivatives
CDSの残高が減少したようです
クレジットデフォルトスワップ(CDS)の決済方法-リーマン・ブラザーズの例
クレジットデフォルトスワップ(CDS)における回収率とは?
ぼくもまだクレジットデリバティブの経験は浅いので、誤解しているところもあるかと思います。ということで、本格的に知りたい方は次の本がおすすめです。
クレジット・デリバティブのすべて 第2版
河合 祐子
上で書いたことと矛盾するように思われるかもしれませんが、クレジットデフォルトスワップが損失肩代わり商品であることは間違いではないでしょう。ただ、損失肩代わり商品の一つであって、
「損失肩代わり商品は一般に「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」と呼ばれる。」
わけではないと強く思います(「損失肩代わり商品」の前に、(ここで取り上げられている)という言葉が入ればまだましですが、入っていないと誤解を生む可能性が高いのではないでしょうか)。
そんな言い方をしたら、債券や株式だって損失肩代わり商品ということになるでしょう。特に、債券とクレジットデフォルトスワップ(CDS)には、相違はほとんどないでしょう(細かい点を除けば、Funded か、Unfunded の違いだけで、基本的なコンセプトは同じでしょう)。
例えば、債券の場合、国が発行する場合(国債)、投資家からお金を借りて、5年後とか、10年後の満期にお返しする、という金融商品です。その間、クーポンというものが支払われます。しかし、もしその国がクーポンを払えなかったり、その投資家から借りたお金(元本)を返済することができなかったら、デフォルトです。債券の投資家は、この国による返済リスクを抱える対価として、クーポンをもらうわけです(リスクの高い国は、金利が高くなる傾向にあります)。
つまり、国債の投資家は、ある国の損失を肩代わりしているわけです。
最近では、アルゼンチン、ウクライナ、ロシア、アイスランドなどなど様々な国のデフォルトリスクが強く意識されるようになってきています。つまり、こういった国の国債に投資している投資家は、その国の損失を肩代わりせざるを得ない状況に陥る可能性が高まってきているわけです。
つぎに、民間の事業会社が発行している事業債(社債)について考えてみます。日本企業で言えば、東京電力、NTT、トヨタ自動車、オリックス、ソフトバンクなどなど、様々な企業が、事業を行うために、資金調達を行っており、一部は社債を発行する形で行っています。
別の言い方をすると、一般に企業は金儲けをするために、お金が必要なわけですが、損失が発生すると嫌だから、その損失を肩代わりさせるために、債券を発行して投資家に押し付けようとしているわけです(ただし、損失を肩代わりする順序としては、株式の投資家が先に来ますので、債券の投資家は株式の投資家に比べると守られていることになります)。
さて、あえてここでは、日本経済新聞で使われている表現に近い形で、債券(国債や社債)の説明をしてみましたが、一般的にはこんな書き方をする人はいないでしょう。
もっと言えば、保険商品というのは、まさに損失肩代わり商品の典型ではないでしょうか。交通事故を起こして弁償しなければならない、家庭の稼ぎ手が急死してしまい今後の生活に困ってしまう、家事で家が燃えてしまったら大事な財産がなくなってしまう、などなど、そういった損失を保険会社が肩代わりしてくれるわけですが、そのためには保険料を支払うわけです。
ところが、まじめに保険料を支払っていたとしても、突如その保険会社が破綻してしまうと、その保険契約が突如消滅してしまったり、条件が改悪されてしまったりすることが起こります(これは、まさにCDS(より一般にはOTCデリバティブ)で言うところのカウンターパーティーリスクです!)。
CDSばかりを、損失肩代わり商品呼ばわりするのはやめて頂きたいと思います。
それから、最近は「金融工学」も悪者扱いされている気がします。確かに、金融工学の発達によって証券化の仕組みが生まれ、今回のサブプライムの一因になったことは否めないかと思います。
しかし、旅客機が墜落して数百人の命が失われた場合に、航空学が悪者扱いされるでしょうか?ライト兄弟さえいなければ、その目の前で失われた数百人の命は失われなかった。彼らさえいなければ、なんて発想になるでしょうか。
旅客機の場合、いろいろな原因があるかと思いますが、ある作業点検員が点検を怠ったことだったり(人的ミス)、航空機の構造上の欠陥(設計ミス)、想定を超える気候の変化(外部環境の変化)、などなどがあるかと思います。
今回のサブプライムも同じではないでしょうか。証券化の仕組みが出来上がり、リスクを分配する仕組みが出来上がった。それにより、金融機関の融資審査が甘くなり、不動産を購入できる人が増え、買える人が増えたから、不動産価格が上昇。一方で、投資家は、格付け会社の格付けに頼って証券化商品を購入、格付け会社も証券化商品に格付けを付与することで売り上げを拡大、利益を優先するあまり、格付け審査の質が低下してしまっていた。
さらに実体経済の方も、所有している不動産価格が上昇することで、担保価値が上昇、その担保枠を使って、実際に車を買ったり、別の家を買ったり、と消費にまわっていた(資産効果)。これによって、実体経済も潤っていた。
これは、簡単に書きすぎているかもしれませんが、アメリカを中心に、世界の経済がそんな感じでまわっていたのではないでしょうか。歴史的にもバブルは幾度となく繰り返されており、それらの原因は、ある特定の資産や仕組み、というよりは、やはり人間の利益に対するあくなき欲求なのではないかと思います。
だからこそ、そういった人間の欲求発のバブルをできるだけ防ぐために、仕組みが必要なのだと思います。人類はこういったバブルを経験しながら、少しずつ前に進んでいるのではないでしょうか。
ちょっと長くなってしまいました。
(以下、追記です)
25日の日経新聞に以下のような記事がありました(いずれも、10月25日付けの日本経済新聞より一部を引用させて頂いております)。
4面のISDAのCEOピッケル氏に対するインタビュー記事では、
--CDSが危機の元凶といわれている。
「それは誤解だ。大手破綻の主因は資金繰りであり、デリバティブは一部絡んだだけだ。CDSはもともとリスク移転の手段。投機に使われているかもしれないが、いろいろな参加者がいるから市場が成り立つ」
とあります。
誰が言い出したのか知りませんが、ぼくも「CDSが危機の元凶」だとは思っていません。
また、5面の東証社長の斉藤氏に対するインタビュー記事では、
--債務不履行に備えた保証金融商品、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)が金融危機を深刻化させたとの指摘もあります。
「CDSの最大の問題点は金融機関どうしが相対で取引しており、実態が見えにくいという点だ。それを解決するために今、米欧ではCDSの清算機関を設立して、市場の監督者がリスクを把握しやすくしようという動きがある」
--市場規制のあり方に関する意見は。
「CDSだけでなく金融派生商品(デリバティブ)全般に、取引の様子を見えやすくすべきだ。(後略)」
とあります。
価格が一般の方に見えにくいのは確かだと思います。ただ、業者間では、Markit社やCMA(QuoteVision)が価格情報を集計して提供していますし、銘柄によって流動性の違いが起きるのは避けようがないと思います。
例えば、東証一部、東証二部、マザーズでは、流動性がまったく異なるでしょう。いくら上場していたとしても、毎日何度も価格がつく銘柄もあれば、1週間に何度か、といった銘柄まであるでしょう。
ただ、CDS市場と、株式市場の大きな違いは参加者層の厚みです。日本では、CDS市場への直接の参加者は、金融機関がせいぜい20社程度でしょう。一方株式市場は機関投資家から個人投資家まで幅広い参加者がいます。流動性や価格への信頼性が異なるのは間違いありません。
また、斉藤氏がおっしゃられているように、市場の透明性向上という意味では、CDSのみではなく、OTCデリバティブ全般に言えることなのではないかと思います。
ただ、個人的に思うのは、CDSと他のデリバティブでは一つ大きな違いがあると思います。それは、CDSがデジタル的なペイオフを持っている一方で、金利、エクイティなどのデリバティブはどちらかというとアナログ的なペイオフを持っているので、市場の変化によってじわじわと損益が発生するということです。
なので、時価評価(MtM)を行っていれば、金利やエクイティではそれほどサプライズは起きないと思いますが、CDSの場合はスプレッドが800bpsのところから突然デフォルトするようなこともあるので、突如損失が発生した、みたいに捉えられる傾向にあるのではないかと思います(もちろん、株価でもそれなりに高いところから突然デフォルトが起きて、取引不能になることはありますが、一般的には、なんとなく市場は織り込んでいくと思います。一方、CDSの方は参加者が少ないため、その織り込み方が十分ではない場合が多い気もします(他にも、クレジットイベントの定義が明確ではない、などいろいろ議論すべき点はあるかと思いますが))。
ちょこっと追記するつもりが、また長くなってしまいました。
この記事は本当にひどかったですね。Central Counterpartyのことを整理回収機構のような”清算機関”と勘違いして損失処理が進む、というのは記者の無知ぶりがさらけださせている(しかも1面トップで!)だけでまあいいとして(あちこちで失笑を買っていますが)、「損失肩代わり商品」は悪意を持って意図的にネガティブキャンペーンを行なっているとしか思えません。
persian blueさん
朝、この記事を見たとき、自分の目を疑いました。正気でこれを書いているのか?と、1面トップで!
「企業倒産に伴う損失を早期に見積もり、金融機関の損失処理を加速させる効果を狙う。 」
という表現は、まさに整理回収機構か何かと勘違いしていることを示していますね。
「損失肩代わり商品」は、persian blueさんのおっしゃるとおり、ネガティブキャンペーンとしか思えませんね。しかも、いまだにこういった表現は使ってるみたいですし。