Adjusted Present Value Method (APV法)

相変わらず Advanced Corporate Finance の試験勉強をしているわけですが、今日は Adjusted Present Value Method (APV法) について書きたいと思います。コーポレートファイナンスを勉強すると必ず、DCF法によるNPVの計算とかをやるわけですが、このAPV法はDCF法に代わるアプローチです。
いきなりAPV法に入る前に、まずはモディリアーニ&ミラー(Modigliani and Miller)のおさらいから始めます。「1枚のピザを4つに切っても、8つに切っても、ピザ全体の価値は変わらない」というたとえ話がある、あの話です。

モディリアーニ&ミラーの命題1
完全な資本市場においては、企業価値は、その企業が保有する資産によって生み出されたキャッシュフローの総和に等しく、その資本構造の選択に影響を受けない

ここでは、完全な資本市場 (a perfect capital market) という概念が重要になります。現実世界では、完全な資本市場ではないからこそ、最適な資本構造を求めて、株式と負債による調達の割合を考えたりするわけです。では、完全な資本市場とはどのような仮定が置かれているかというと、例えば次のようなものです。

  • 証券は競争的な市場価格で取引されており、それは将来のキャッシュフローの現在価値に等しい
  • 税金、取引コスト、発行コストはないものとする
  • 資本調達における意思決定が、投資のもたらすキャッシュフローに影響を与えない。また、その決定が新しい情報を与えることはない

これを読めば、完全な資本市場という概念は、あくまで理論を構築するための単純化された理想的な世界であることがわかるかと思います。ちなみに、命題2は次の通りです。

モディリアーニ&ミラーの命題2
負債調達を行っている企業の普通株式の期待収益率は、デットエクイティレシオに比例して増加する

さて、話は命題1に戻りますが、これは別の言い方をすると、バランスシートの左側と右側の間には相互作用がない、と解釈することができます。しかし、実際には資本市場の完全性はくずれている(例えば、税金のない国はごく稀です)ので、現実世界ではデットエクイティレシオを変えることにより、企業の価値は影響を受けるわけです。
ここでDCF法による企業価値評価といきたいのですが、これはあまりにメジャーなのですでに既知として、APV法の説明に移らせて頂きます。APV法の考え方を一言で言うならば、「すべての資本を株式で調達したと仮定してキャッシュフローの現在価値を算出し、後から資本構造の影響分を調整する」といった計算方法です。式で書くと次の通りです。

APV = base-case NPV + sum of PVs of financing side effects

右辺第1項が、すべてを株式で調達したと仮定した場合のキャッシュフローの現在価値で、base-case NPVと呼ばれるものです。これに、資本構造の影響を調整した第2項を加えることによって、企業価値を求めましょう、というのがAPV法です。第2項にどんなものが入るかというと、具体的には以下のようなものが入ります(詳細は割愛します)。

  • 負債調達による税金控除 (the interest tax shield)
  • 証券の発行コスト (the issue costs of securities)
  • サプライヤーや政府にの援助によるファイナンスパッケージ (financing packages subsidised by a supplier or government)
  • 期待倒産コスト (Expected bankruptcy cost / costs of financial distress)

上記の各項を適切な割引率によって割り引き、足し合わせることによって資本構造による価値を算出します。
さて、ここでAPV法の長所と短所ですが、まず長所としては、

  • 事業の価値、調達による影響などをバラバラにして数値化できる

  • 税金控除、発行コストなどをバラバラに分解できるので、各要素ごとにシミュレーションを行って、検討することも容易になります。

  • 資本構造が未来永劫不変であるという仮定を置く必要がない

  • 後で触れるように、D/Eレシオが変化する場合に計算がしやすくなります。

が挙げられます。そして、短所としては

  • 期待倒産コストの算定が難しい

があります。この計算がやさしくないことは容易に想像できると思います。
ちなみに、同じ仮定の下であれば、DCF法による価値はAPV法による価値に一致するそうです(証明は確認していませんが、テキストには書いてあります)。
(11月28日追記: APV法ではTax shieldsを割り引く際に、デットの要求リターンを使い、これは一般的にWACCよりも低いため、その分だけバリューが高めに出る傾向があるようです)
では、どのような時にこのAPV法が使われるのでしょうか。「CAPMを使ってWACCを計算して、フリーキャッシュフローを割り引けばいいんじゃないの?」と思われる方も多いかと思いますが、APV法の方が扱いやすいケースもいくつかあるようです。
それらは、LBO(Leveraged buyouts)やプロジェクトファイナンスです。LBOやプロジェクトファイナンスに関する説明は割愛しますが、これらはいずれも予め定めておいたスケジュールで負債の残高が減少していくものであり、このような企業またはプロジェクトを評価する場合には、資本構造の影響を取り出して考慮できるAPV法が好ましいようです。もちろん、将来のデットエクイティレシオ(つまりは、負債時価 / 株式時価)を各期ごとに予測して、その期ごとにWACCを計算してDCF法を当てはめることも不可能ではないのかもしれませんが、計算としてはAPV法の方が圧倒的にラクだと思われます。ということで、DCF法(WACC)とAPV法の判断の分かれ目は、デットエクイティレシオが一定かどうか、ということになるかと思います。
ちなみに、先生は将来的にはAPV法の方がメジャーになるだろう、と言っていました。
実際のところ、事業会社で資本コストってどうやって決めているのでしょうか。コーポレートファイナンスを勉強すると、いつもその実務の部分が気になります。ある程度は、「えいや!」と決めているような気がするのですが、、、、

2 件のコメント

  1. 投資一族の長 返信

    算定が難しい 期待倒産コストに興味有。
    レバレッジをかけるほど確率が上がり、事業リスクが高いとFirm Valueがブレが大きく、一瞬でも債務超過に陥ったらアウトというようなBarrier Option型で評価するのかな?

  2. yokoken 返信

    きわどいところを突っ込んできますね。基本的には、一般的なクレジットのモデルで評価するんだと思います。
    参考までに、以下の本に載っている方法を紹介しておきます。
    Investment Valuation: Tools and Techniques for Determining the Value of Any Asset (Wiley Finance)
    Aswath Damodaran

    以下の式で計算するようです。
    Present Value of expected bankruptcy cost = Probability of bankruptcy * PV of bankruptcy cost
    = Probability of bankruptcy * Cost of bankruptcy * Unlevered firm value
    倒産確率は、ボンドのレーティングに応じた確率のテーブルから取ってきて、0.4%とか、2.3%とか、そんな数字を使うようです(この確率って、1年以内に倒産する確率なのでしょうかね?いついつまでにというのを決めない限り、計測できないような気がします。本来は、1年以内に倒産する確率から、バイノミアルツリーっぽく、倒産する、しない、で十分将来まで考慮にいれるべきなんだと思いますが)。Cost of bankruptcy は、本の中では問答無用で40%と仮定する、と書かれています。
    もちろん、マートンの構造モデルを使ったり、さらにはおっしゃるようにバリアーオプションで評価するというのもありだと思いますが、コーポレートファイナンスのテキストではあまりそのあたりについて詳しくは書かれていないと思います。
    あまり期待にそえず、すみません。

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